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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)3768号 判決

原告

笹中

ほか一名

被告

白石運送株式会社

ほか

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの連帯負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告ら訴訟代理人は、「被告らは、連帯して、原告らそれぞれに対し、金五三六万八、八四九円及びこれに対する昭和五〇年七月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は、主文第一項同旨及び「訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因等

原告ら訴訟代理人は、本訴請求の原因等として、次のとおり述べた。

一  事故の発生

亡笹明は、昭和四九年五月二一日午後一一時二三分頃、被告白石運送株式会社(以下「被告会社」という。)の普通貨物自動車(足立一一あ八五三二号。以下「被告車」という。)を運転して群馬県沼田市岩本町四七番地先国道一七号線を走行中、誤つてセンターラインを踰越し、折柄、対向進行してきた西潟広安の運転する大型貨物自動車(新一一や四七四六号。以下「西潟車」という。)の右前部に被告車右前部を衝突させた事故により、重傷を負い、翌二二日午後三時五〇分これに基因する心不全により死亡した。

二  被告らの責任原因

1  被告会社について

(一) 債務不履行責任

亡明は、昭和四六年五月頃から運送事業を営む被告会社と雇用契約を締結し、以来運転手として勤務していた者であり、被告会社は右雇用契約上の附随的義務として同人に対し、その労務管理に当たり同人の生命身体を危険から保護するよう配慮すべき義務を負つているところ、これを怠つたため本件事故及び亡明の死亡を惹起したものである。すなわち、

亡明は、本件事故の前日である五月二〇日、終日勤務して夕刻被告会社を退勤する直前に新潟県北蒲原郡豊浦村大字万代所在の月岡ゴルフ場建設現場(以下「月岡ゴルフ場」という。)への石材運搬を命ぜられたため、東京都中央区八丁堀三丁目二〇番一号所在の関ケ原石材株式社会に赴き、被告車に積荷の石材を積載して右運搬の準備をしたうえ墨田区業平五丁目一番一一号の自宅に帰り、本件事故当日(五月二一日)午前一時二〇分頃被告車を運転して自宅を出発し、月岡ゴルフ場まで石材を運搬しての帰路本件事故にあつたものであるが、被告会社は、亡明に対し本件石材運搬作業を命ずるに当たつては、これを予定していることを予め同人に告げ、かつ、同人に対する前日の勤務等に適切な配慮をすることにより、同人をして運行行程に適した体調の調整をなす余裕を与え、また、月岡ゴルフ場までの石材運搬作業は長距離で、かつ、夜間走行であり、道路事情は交通事故の発生しやすい難所が多く、更には長時間の運転中には突如として睡魔が襲うこともあり、これらのため重大な事故の発生も十分予見できたのであるから、交替運転手又は運転助手を被告車に同乗させ、更に、途中休憩や宿泊を要する場合に備えて金銭を所持させ、また、地理状況を説明するなどの指導対策を講じ、もつて、事故の発生を防止して運搬作業過程における亡明の生命身体に危険を及ぼさぬよう配慮をなすべき義務があるにかかわらず、これを怠り、出発の直前になつて当初予定していた二屯車の使用を四屯車である被告車に変更し、これに伴い運転手も変更して急に亡明に本件石材運搬を命じ、同人をして休養不十分のまま月岡ゴルフ場へ出発することを余儀なくさせたばかりか、交替運転手、運転助手等を付することもせず、また、前記指導対策を何ら講ずることなく、漫然本件石材運搬をさせた結果、亡明の前記運転上の過誤を誘発したものである。

また、被告会社は、亡明に夜間の業務執行を命ずるに当たつては、被告会社事務所に夜間の電話番を配置するなどして万一の事故の発生に即応できる体制を整えておくべき義務があるのに、これを怠つたため、本件事故の察知、亡明の収容された群馬県渋川市所在の桜井病院への原告らの到着等本件事故発生への対応措置が遅延し、同病院での亡明の開腹手術等医療措置の早期着手ができなかつた結果、亡明の死亡が惹起されたものである。

したがつて、被告会社は、民法第四一五条の規定に基づき、本件事故により亡明及び原告らの被つた後記の損害を賠償すべき責任がある。

(二) 損失補償責任

仮に(一)の主張が認められないとしても、被告会社のように業務執行上危険を伴う企業は、被用者が業務中に生命身体の損傷を受けた場合にはこれによつて生じた損失を企業の経済的能力に応じて補償するという事実たる慣習が存在するところ、本件雇用契約はこれによる意思をもつて締結されたものであるから、被告会社は、右慣習に基づき亡明の死亡による損失(その内容は四項の亡明及び原告らの損害と同じ。)を補償すべき責任がある。

(三) 見舞金等交付責任

仮に、以上の主張が認められないとしても、近時の各企業は、被用者が業務遂行中に死亡した場合、当該被用者に関して積立て又は契約した保険金等を、その受取名義人如何にかかわらず、全額当該被用者の遺族に交付するほか、自己の経済力と業務執行上の危険の大小に応じ見舞金の名義による相応の金額の金員を右遺族に交付するという慣習法又は事実たる慣習が存在し、本件雇用契約はこれによる意思をもつて締結されたものであるところ、本訴における原告らの請求金額は右の観点からみて相応なものであるから、被告会社は、原告らに対して本訴請求金額を交付する責任がある。

2  被告白石清一について

被告白石は、被告会社の代表取締役であり、被告会社経営上の全般的責任者として、被告会社の被用者である亡明に対し被告会社と同様の安全配慮義務を負つているところ、被告白石もまた右義務を怠つたことは、前記1(一)の事実から明白であるから、被告会社と同様、民法第四一五条の規定に基づき、本件事故により亡明及び原告らの被つた損害を賠償すべき責任がある。

三  相続

原告笹中は亡明の父、原告笹ナカノは亡明の母であり、亡明の相続人は原告両名以外には存しないから、原告両名は、法定相続分に応じて、亡明が被告らに対して有する後記の損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続した。

四  亡明及び原告らの損害

亡明及び原告らが、本件事故により被つた損害は、次のとおりである。

1  亡明の逸失利益

亡明は、本件事故当時、二六歳で、被告会社に運転手として勤務し、金一七一万五、八六五円の年収(一日の平均賃金四、七〇一円に三六五日を乗じた額)を得ていたものであり、本件事故にあわなければ、その後、六七歳まで四一年間にわたり稼働して右金額を下らない年収を得ることができたはずであり、その間の同人の生活費は右年収額の五割を超えないから、以上を基礎とし、新ホフマン方式により年五分の中間利益を控除して、亡明の逸失利益の本件事故時の現価を算出すると金一、八八四万八、九二七円となる。しかして、原告らは亡明の右損害賠償請求権を前記のとおり相続により二分の一ずつ、すなわち各金九四二万四、四六三円あて取得した。

2  亡明の死亡慰藉料

亡明が、本件事故で死亡したことにより被つた精神的苦痛に対する慰藉料は、金三〇〇万円が相当であり、原告らは亡明の右慰藉料請求権を相続により各金一五〇万円あて取得した。

3  原告らの固有慰藉料

原告らの長男は五歳で死亡し、長女は他に嫁しており、本件事故当時は次男の亡明が実質上の一人子であつたため、原告らは、本件事故で亡明が死亡したことにより筆舌に尽くし難い精神的苦痛を被つたが、これに対する慰藉料としては原告らそれぞれにつき金一五〇万円が相当である。

4  過失相殺等による減額及び損害のてん補

以上を合計すると、原告らそれぞれにつき金一、二四二万四、四六三円となるが、本件事故発生についての亡明の過失その他諸般の事情を考慮して原告らの各金額につき三割を減ずると、各金八六九万七、一二四円が原告らの被告らに対して賠償を求めうる額となるところ、原告らは本件事故による亡明の死亡に関し自動車損害賠償責任保険から保険金として金七〇〇万五二〇円、東京都特別区交通災害金から金六〇万円、向島労働基準監督署から葬祭料として金五万六、〇三〇円の合計金七六五万六、五五〇円を受領したので、その二分の一ずつ、すなわち各金三八二万八、二七五円ずつ前記各原告の被告らに対し賠償を求めうる額から控除すると、残額は、原告らそれぞれにつき金四八六万八、八四九円となる。

5  弁護士費用

原告らは、被告らが任意支払に応じないため、やむなく本訴の提起、追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、報酬等としてそれぞれ金五〇万円を支払う旨約した。

五  よつて、原告らは、被告らに対し、連帯して、前項4及び5の合計各金五三六万八、八四九円及びこれに対する本件訴状送達の日の後である昭和五〇年七月一六日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  被告らの主張に対する原告らの答弁

被告らの損害のてん補による債務消滅の主張事実中、被告会社が亡明の治療費、葬儀関係費用、事故処理費、西潟車関係損害負担分及び被告車車両損害として被告ら主張の合計金員を支払つたことは認めるが、これらの費目別の金額はいずれも知らない。同主張中、その余の事実は否認する。

被告会社から亡明の治療費及び葬儀関係費用として支払を受けた分は、本訴請求に際し、前記のとおり亡明の過失相殺分と合わせて損害額の三割を減額することによりすでに控除済みであり、また、本件のような事故は運送事業という被告会社の事業の性質上必然的に発生するものであるから、事故処理費用、西潟車関係損害負担分及び被告車車両損害は当然予測される損害として経費というべきものであり、したがつて、被告会社がこれを支出負担したことは当然であつて、これを被告会社の業務遂行に当たる個個の運転手に負担させるのは不当である。

第三被告らの答弁等

被告ら訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁等として次のとおり述べた。

一  請求の原因一項の事実は、認める。

二  同二項1(一)の事実中、亡明が、昭和四六年五月頃から、運送事業を営む被告会社に運転手として勤務し、本件事故の前日夕刻、関ケ原石材株式会社の石材を被告車に積載して月岡ゴルフ場への運搬作業を準備のうえ帰宅し、本件事故当日の午前一時二〇分頃被告車を運転して自宅を出発し、月岡ゴルフ場まで本件石材を運搬しての帰路本件事故にあつたことは認めるが、その余は否認する。被告会社は、出発の直前になつて運搬車を二屯積貨物自動車から四屯積貨物自動車に変更した事実はなく、積荷である石材の予定重量は当初から四屯で、運搬車も四屯積貨物自動車を予定していたものであり、亡明は、本件事故の前日は午前八時二五分から午後四時二〇分まで就業し、帰社後、被告会社の配車係員に対し、本件運搬作業に従事したい旨自ら申し出たものである。また、交替運転手や運転助手を同乗させるのは、八屯以上の大型車又は運行行程が一日三〇〇キロメートル以上に及ぶ場合等特別の事情がある場合に限るのが運送業界の慣例であるところ、本件においてはこのような特別の事情は存しないから、交替運転手等を同乗させる必要はなかつた。

同項1(二)及び(三)の事実は、争う。

同項2の事実は、否認する。

被告らは、被用者に対する安全管理を十分尽くしていた。すなわち、被告らは、被告会社の従業員に対し毎日自動車の整備点検を励行させていることは勿論、運転手各人に、安全手帳を携帯させると共に、社長の被告白石以下全従業員が出席して行う朝礼において安全手帳に書かれた安全のための一〇〇則を朗読させ、安全運転の自覚を持たせるよう努力しており、また、長距離運転及び夜間運転に出発する運転手に対しては、その度に、無理な運転はするな、眠くなれば直ちに仮眠をとるようにと個別具体的な指示を与え、時間的にも拘束しないよう配慮していたもので、本件の場合も、亡明に対し、十分休養をとつたうえで出発するように告げ、出発時刻について具体的指示はせず、大体の配送予定日時のみ通知したものである。

三  同三項の事実中、原告両名が亡明の相続人であることは認めるが、その余は知らない。

四  同四項1の事実中、亡明の年収額は否認し、新ホフマン方式による中間利息控除は争い、その余は知らない。運送業の運転手は、年間でみると、季節及び景気の変動により毎月の収入が大きく変動するから、年間の総収入によつて平均収入を算出すべきであり、かつ、年間三六五日稼働しているわけではないので、実稼働日数を乗ずるべきである。また、中間利息は、ライプニツツ方式により控除すべきである。

同項2及び3の事実は、知らない。

同項4の事実中、原告らがその主張する内容の合計金七六五万六、五五〇円を受領したことは認めるが、その余は否認する。本件事故は亡明のセンターライン踰越が原因であつて、同人の一方的ないしそれに近い過失によるものである。

同項5の事実は、否認する。

五  損害のてん補による債務消滅の主張

仮に、被告らにおいて亡明らの損害につき若干の支払義務があるとしても、被告会社は、原告らがその受領を自認する金額の他に、本来亡明ひいては原告らが負担すべき、亡明の治療費等金二六万四、八七四円、葬儀関係費用金四五万一、九九〇円、事故処理費用及び西潟車関係損害負担分金二五七万八、五三〇円、被告車車両損害金一四八万九、八九六円の合計金四七八万五、二九〇円を立て替えて支払つており、これを、原告らの損害のてん補として、前記原告ら主張の既受領分に加算した額金一、二四四万四、二八五円は、被告らが支払うべき額を下らないものであり、したがつて、被告らの原告らに対する支払義務はない。

第四証拠関係〔略〕

理由

(争いのない事実)

一  亡明が、原告ら主張の日時及び場所において被告会社の被告車を運転中誤つてセンターラインを踰越し、対向してきた西潟車右前部に被告車右前部を衝突させた事故により重傷を負い、事故の翌日午後三時五〇分これに基因する心不全により死亡したこと、及び同人は、昭和四六年五月頃から、運送業を営む被告会社に運転手として雇用されていたところ、本件事故前日夕刻、石材を被告車に積載して月岡ゴルフ場への運搬作業を準備のうえ墨田区業平の自宅に帰り、事故当日午前一時二〇分頃被告車を運転して自宅を出発し、月岡ゴルフ場への石材運搬を終えての帰路本件事故にあつたことは、本件当事者間に争いがない。

(被告会社の債務不履行責任の有無について)

二 およそ、使用者は被用者に対し、雇用契約上の附随的義務としてその労務管理に当たり、被用者の生命及び健康を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負うものと解されるところ、原告らは、被告会社が右義務を怠つたため、本件事故ないし亡明の死亡を惹起した旨主張するので、以下この点につき検討する。

1  前示争いのない事実に、成立に争のない乙第六号証の一、二、第八号証、第一一号証、原本の存在及び成立に争いのない同第九号証及び証人寺田育弘の証言により成立の認められる同第一〇号証の一、二並びに証人加藤秀次郎、同木村寛及び同寺田育弘の各証言並びに原告笹中及び被告会社代表者兼被告白石清一各本人尋問の結果(証人加藤秀次郎の証言及び原告笹中本人尋問の結果中後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すると、(一)被告会社は本件事故当時、亡明を含め二十数名の運転手及び数名の運転助手(運転免許は有せず、運転以外の作業につき運転手を補佐する者)を雇用し、大型、普通貨物自動車を合計一八台(うち、四・五屯車は被告車を含め二台)保有して、東京都墨田区菊川三丁目二一番七号においてトラツク運送事業を営んでおり、会社業務の統括は代表取締役社長である被告白石がこれをなしていたが、車両運行管理、運転手等従業員の安全管理及び配車の業務は常務の寺田育弘が担当し、従業員の白石吉孝が配車につき寺田を補佐していたこと、(二)被告会社では運転手全員に安全手帳を携帯させ、毎朝始業時に被告白石以下全従業員が出席して朝礼を行い、事故防止等について被告白石等が訓話するほか、全員に右手帳に記載されている安全標語を一節ずつ朗読、復誦させて安全運転に対する自覚を持たせるよう努めていたのみならず、春秋の年二回交通安全の講習会を開き、本所警察署交通課長等を講師に招いて交通法規改正等を従業員に周知徹底させると共に、スライド写真を用いて視覚的な安全運転教育をするなどして、安全運転による事故防止対策を講じ、また、車両の整備についても、年に一度の車検及び定期点検のほか、毎朝朝礼後に仕業点検表に基づいて車両点検を実施させ、故障のないことを確認してから運送作業に着手するようにしていたこと、(三)配車は、通常は朝、運転手が出勤した際にその日の作業の指示をしていたが、始業時刻前に出発する必要のある運送作業については、その前日の夕刻退勤する前に当該運転手に作業内容等の指示を与えており、また、中・長距離運送の場合には予定する運転手の意向を聴いたうえで配車することにしていたこと、(四)月岡ゴルフ場までの本件石材運搬作業は事故前日の五月二〇日昼頃から予定されていたが、積荷の石材量は当初から約三・五屯で、その運搬には四・五屯車の使用を計画し、当日早目に帰社した亡明に月岡ゴルフ場までの運搬作業につきその意向を聴き、これを承諾した同人に対し右作業を指示したものであつて、この時同人の健康状態には別段の異状もなく、同人は右指示を受けて、被告会社駐車場脇倉庫に積んであつた関ケ原石材株式会社の石材を同僚二人と共に被告車に積み込み、翌日の仕事の必要上被告車で帰宅してよいとの寺田の許可を得て、午後五時二五分頃退勤したものであるところ、中・長距離運送の仕事は食事代・宿泊代及び時間外手当を支給されるため、運転手仲間では一般に歓迎されており、本件でも亡明は被告車に乗つて帰宅する途中で顔を合わせた被告会社の同僚の木村寛に「いただきだ。」(良い仕事を貰つた旨の運転手仲間の言葉)といつていたこと、(五)配車に際し、交替運転手や運転助手を添乗させるか否かの判断・指示は配車担当者が行つていたが、運転助手を付するのは、主として荷の積み降ろしのためで、重量のある積荷又は車両から離れた地点への積み降ろしをする必要がある場合に限り、また、交替運転手を付するのは、遠距離すなわち片道四〇〇キロメートルを超える遠隔地への運送の場合に限られていたが、これは運送業界の慣例となつていたものであり、本件において、寺田は交替運転手も運転助手も添乗させなかつたが、これは、月岡ゴルフ場までの距離が片道三四〇キロメートルないし三七〇キロメートルの中距離で、所要時間は食事、休憩等を含めて片道一〇時間ないし一一時間程度であり、道路事情も他の中距離運送の場合と特別に異なるところなく、往復丸二日間の行程とみられており、日程にも余裕があつた等の事情が存したため、交替運転手の必要がなかつたことによるものであり、(なお、亡明自身も一人でいくことを希望していた。)また、運転助手については、荷受側で荷降しを手伝う者が四、五人用意されており、かつ、荷降し作業は一時間程度で終了する等の事情があつたことによるものであること(なお、亡明と同様四・五屯車の運転に従事していた前記木村は、本件事故前に二回、本件事故後に一回月岡ゴルフ場までの石材運搬作業を担当しているが、三回とも交替運転手又は運転助手の添乗なく一人で赴いている。)、(六)被告会社の勤務時間は午前七時四五分から午後四時四五分までとなつていたが、職務の性質上必ずしも右時間どおりにはいかず、荷主の都合により始業時刻前に出発する場合もあり、終業は、仕事を終えて帰宅したら自己の伝票に押印して退勤することとなつており、被告会社としては、休憩時間や帰社時刻を指示して運転手を時間的に拘束することはせず、道路状況や運転手の健康状態により運転手の良識に任せていたものであり、更に、中・長距離運送の場合には、宿泊するかどうかは本人の選択に任せ、宿泊のときはその旨被告会社に電話連絡すればよく、宿泊費は帰社後清算し被告会社が負担することになつており、この点について別段事前の指導はしていなかつたものの、運転手は入社後三か月間程度先輩運転手の車両に同乗させて業務を見習わせるのでこれにより右の取扱いを習得知悉していたはずであり、また、被告会社の方から運転手に所持金を確認したうえで出発させることまではしていないが、運転手から宿泊代等につき事前に仮払要求があればこれに応じていたものであつて、本件においても、寺田は、亡明に対し、安全運転を注意したうえで、出発時刻につき月岡ゴルフ場へ明るいうちに着くためには午前二時か三時頃出発するのがよいのではないか、との助言をしており、帰社時刻について具体的な指示はしていないが、月岡ゴルフ場へ到着し積荷を降ろした後は、自分の都合で宿泊するなり、すぐ帰途につくなりいずれでもよい旨告げていること、及び(七)亡明は、従前健康で病欠はなく、本件事故前日は四時間足らず被告車を運転しただけで帰宅後約八時間休息をとり、本件事故当日の午前一時二〇分頃月岡ゴルフ場に向け被告車を運転して自宅を出発したが、同人のその後の本件事故発生までの運転状況は、午前五時五五分頃まで運転を継続し、その頃から同七時一五分まで食事及び休憩をとつた後、運転を続行して午後〇時四〇分頃月岡ゴルフ場に到着し、積荷を降ろし、午後二時四〇分から三時までと同三時四〇分から同五〇分まで運転走行した以外は、食事ないし休憩をして、午後五時三五分頃帰途につき、途中午後八時頃から同九時頃まで休息したほか運転を継続し、原告ら主張の時刻及び場所において、本件事故を惹起したものであるところ、走行中における被告車の速度は往路帰路とも時速五〇キロメートルないし六〇キロメートルで運行間隔、休憩のとり方、走行速度に格別の乱調はなく、以上の運行状況からは、亡明の体調不良や休養不十分等はうかがえず、なお、被告車には運転席及び助手席の後部にカーテンで仕切のしてある仮眠用ベツトが備え付けてあるので、随時仮眠・休息をすることが可能であり、事故の翌日中に帰社すればよい行程とされていたが、事故時には既に帰路の半ばにかかり、約五時間程度の連続運転で帰社可能な地点に達していたのであるから、仮眠を妨げる事情は全くなかつたこと、以上の事実を認めることができ、証人加藤秀次郎の証言及び原告笹中本人尋問の結果中右認定に反する部分は、叙上認定に供した各証拠に照らし、たやすく措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定の事実を総合すると、被告会社の亡明に対する本件石材運搬の配車命令は亡明の健康状態を無視してされたものでないのはもとより、その運行日程も何ら同人の体調不良又は休養不十分をもたらすほどのものではなく、また、本件において交替運転手又は運転助手を添乗させる必要性があつたものとは認め難く、その他本件石材運搬作業の安全性に関し被告会社の指導・対策・配慮等に格別欠けるところがあつたものとは到底認められない。

2  原告らは、被告会社等の本件事故発生への対応措置が遅延し、亡明に対する医療措置の早期着手ができなかつたため同人が死亡するに至つた旨主張するので、この点につき検討するに、前示争いのない事実に、成立に争いのない甲第四号証及び乙第二号証の一、二並びに原告笹中及び被告会社代表者兼被告白石各本人尋問の結果を総合すると、亡明は本件事故により左前腕、右大腿、両下腿及び左足各骨折、内臓破裂及び腹膜炎等の重傷を負い、群馬県渋川市所在の桜井病院に収容され治療を受けたこと、原告両名、被告白石及び寺田育弘の四名が本件事故発生の報を受け同病院に到着したのは、本件事故当日の午前六時五〇分頃であつて、亡明はその後同病院において開腹手術を受けたが、同日午後三時五〇分、前記内臓破裂及び腹膜炎が原因で発現した循環シヨツクに基因する心不全により死亡するに至つたこと、以上の事実を認めることができるが(右認定を覆すに足りる証拠はない)、亡明に対する右手術がより早期にされていれば、亡明が死を免れうべきところ、原告らの到着が遅れたがゆえに手術が遅れ死を招いたとの点についてはこれを認めるに足りる証拠はないから、前記主張は理由がない。

3  以上のとおり、本件事故の発生又は亡明の死亡に関し被告会社に安全配慮義務違反があつたものとは認め難いから、被告会社の債務不履行責任について原告らの主張は、理由がないものというほかない。

(被告白石の債務不履行責任の有無について)

三 原告らは、被告白石が被告会社と並んで亡明に対して安全配慮義務を負うことを前提として、被告白石の債務不履行責任を訴求するけれども、安全配慮義務は雇用契約上の附随的義務として信義則上使用者が被用者に対し負う義務と解されるところ、本件において亡明の使用者が被告会社であり、被告白石は被告会社の代表取締役にすぎないことは前示のとおりであるから、被告会社の法人格が否認される等特段の事情がない限り被告白石が亡明に対し直接安全配慮義務を負うべきいわれはないものというべきところ、右特段の事情について何らの主張立証もないから、原告らの被告白石に対する請求は理由がないものといわざるを得ない。

(被告会社の損失補償責任並びに見舞金等交付責任の有無について)

四 次に、原告らが請求の原因二項1(二)及び(三)において主張する事実たる慣習及び同項1(三)において主張の慣習法は、本件全証拠によるもその存在を認めることができないから、右事実たる慣習ないし慣習法の存在を前提として、被告会社に損失補償責任並びに見舞金等の交付責任ありとし、その主張の金員の支払を求める原告らの請求は、いずれも理由がないものというべきである。

(むすび)

五 以上の次第であるから、原告らの被告らに対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九三条第一項ただし書及び第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武居二郎 島内乗統 信濃孝一)

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